機関誌ぷらいむ
ぷらいむな人

No.18 NO.19NO.20 | NO.21
No.21

会話と呼吸を大切に、人と人の結びつきを豊かにしたい

木次町高齢者人材センター 前事務局長
村尾 幸二さん(雲南市木次町・73)
増野さん
教員時代には理数系を教えていた村尾さん。学生時代にはラジオを作った経験も
 木次町高齢者人材センター設立の立役者となった村尾幸二さんは事務局長として11年間、同センターを盛り上げてきた。「仕事を開拓しようと、芋の植え付け、お墓の掃除、大工の下回り、健康の森のバンガローのベッド直しなどを手掛けてきた。障子と襖の張り替えはとりかかりやすい仕事として思いつくが実際は奥が深くて試行錯誤の連続。参考になったのは六日市町の下宿先。そこは石見一といわれる名大工さんのお宅で偶然にも障子張りを目にしていた。その様子を思い出してコツを習得。松江市の襖・障子班さんにも随分お世話になった」紙と糊、道具の使い方を覚えこんだ指先が無駄のない動きで障子を張り替えていく。
 平成十六年度、雲南市合併にともなった市のセンター統合にも東奔西走。途中、体調を崩して職務を後進に託すが頼られる存在であることは変わらない。村尾さんを見かけると会員もセンター職員もアドバイスを求める。「いいですか…ここはねえ」聞き手の呼吸にあった絶妙な間合いと温かな語りかけは教員時代のまま。聞き手の心に一言一言が染み入っていく。
 前述した通り村尾さんはセンター設立、統合と難事業に携わってきたが人生の舞台でも大きな変革期を乗り越えてきた。戦争、学制改革、昭和の合併、赴任校の火事など。それぞれの経験が後の糧になったと振り返る。
「人を動かし、人と向き合う仕事は先入観にとらわれてはいけないと思う。そうならないよう会話を大切にしたい」。人と人の良い関係づくりを念頭におく村尾さんを慕って人は集まる。「いいかあ…ここからが面白くて、大事だぞ」その語りに導かれ、様々な課題を解きながらやりがいを見出す人は多いことだろう。
増野さん
カッターはできるだけ寝かせて使うのがコツ
松の手入れ時は育ての親になった気分。「がんばって育てよ」と眼差しが語る
段取りよく、美しく仕上げるために道具にもこだわる

No.20

ふるさとの生命線松林を守り、 先人たちの志を伝えたい。

(社)益田市シルバー人材センター 副理事長
増野 力(ましの ちから)さん(益田市・71)
増野さん
この活動は後世につなげていくことに意味があると増野さん
 平成九年、「松枯れが進む松林を守ろう」と同市中須町の自治会長を務める増野力さんが有志とともに立ち上がった。松林は日本海に面した同地区を海からの漂砂、飛砂、潮風から守り続ける約十一ヘクタールに及ぶ防風林。植林の始まりは約四百年前と伝えられ、先祖が築いた地区の生命線として自然の脅威から地区を守り続けてきた。
 しかし、近年松くい虫の被害で松枯れが蔓延。当時、転勤族だった増野さんは遠く離れた地で松林の窮状に心を痛め、松林を失った故郷が大津波に飲み込まれるという夢を見続けたという。
 退職後、中須に戻った増野さんは足の踏み場もないほどに荒れた松林に愕然としつつ、保全活動を旗揚げする。周囲の反応は好意的なものばかりではなかったが、ひるむことなく松林の掃除、草刈、雑木の伐倒から活動をスタート。十二年から松の苗木を植え始め、以後毎年松くい虫への抵抗性のある松を植林し、炭焼きや木酢液作りも始めた。一人でも多くの人に松林への愛着を持ってもらおうと活動の運営や声がけに心を配る中、理解者や日々の手入れ作業に加わる人も次第に増え、植樹には約百名の地区民、他地域のボランティアが加わり活動の輪も広がってきた。 
 こうした活動が認められ、今年度の全国森林病虫獣害防除協会のコンクールで林野庁長官賞を受賞。地区民の努力が評価されたことに喜びを得た増野さんは活動の定着に目を向ける。子どもたちに先人たちの志を継承しようと防風林の存在価値や郷土の歴史について語りかけ、ともに苗木を植えながら松林や自然への愛情を育んでいる。そのやりとりが増野さんにとっても学びの場になり、現在副理事長をつとめる益田市シルバー人材センターの事業活動にも活かされているという。
 活動の先に増野さん達が描く未来予想図は憩いの森の復活。その思いに応えるように若木たちは大地に根を張り、天に向かって成長を続けている。
増野さん
松の手入れ時は育ての親になった気分。「がんばって育てよ」と眼差しが語る
松の手入れ時は育ての親になった気分。「がんばって育てよ」と眼差しが語る

No.19
ゆとりと優しさをもって、
子育て奮闘中のお母様と子どもたちに接します。
(社)松江市シルバー人材センター会員 
法橋江美子さん(松江市) 廣野美保子さん(松江市)
青戸さん
子どもたちと一緒に遊んでいると心が躍る、と微笑む廣野さん
「子育ての大変さが分かるから、若いお母様方をできる限りサポートしたいんです」と語る法橋江美子さんと廣野美保子さんは、松江市シルバー人材センターの福祉家事援助・育児サービス班の一員として出産後のサポートや子守り、保育園や児童クラブ後のお迎えなど、様々な子育て支援に携わっている。
 法橋さん、廣野さんはともに仕事を持ちながら、二人の娘を育て上げ、現在は孫の面倒も見るいわば子育てのベテラン。経験豊富でも毎日が勉強という二人は現代の子育て事情を把握しようと育児書を読み、若いお母さんとのコミュニケーションを大切にする。
「子どもたちといると血が騒ぐの。もう一度、子どもを産んで育てたいぐらい」と語る廣野さんは大の子ども好き。しかし、子育て期間中は悪戦苦闘の連続だった。オシメをカゴにのせ、子どもを背負って自転車で行き交う日々。そんなある日、近所のおじいさんが「お母さんの背中を子どもは見ちょうけん、がんばんなさいよ」と一言。その言葉に元気をもらったという廣野さんは、今度は自分の番とばかりに子育てに悩む母親に「私もそうだったけん」とさりげない励ましのエールを送っている。
 一方、十五年余りの教員生活と十二年の障害児指導員、子育て、孫の子守と絶えず子どもの気持ちに寄り添い続けてきた法橋さんは若い母親や子どもと向き合う時、ゆとりある対応を心掛ける。それは、子どもは愛情をかけ、ゆったりと育てることが大切だと感じるから。そして、子どもたちの安全面や健康面を注意しつつ、のびのびとリラックスできる時間が過ごせるように心を配る。
「おばあちゃん」と慕う子ども、のびのびと遊ぶ子ども、子どもたちにパワーをもらうと語る法橋さんと廣野さん。同時に、二人の温かな笑顔と子育て経験者ゆえのゆとりある対応が、どんなに多くの母親を勇気づけていることだろう。
足立さん
親子がリラックスできるようにサポートしたい、と終始笑顔の法橋さん
コーディネーターの周藤晴美さんと共にこれからの目標を語る二人
コーディネーターの周藤晴美さんと共にこれからの目標を語る二人

No.18
菓子処松江にふさわしい菓子を…
プロの技術と技能が生み出す、どら焼き
(社)松江市シルバー人材センター会員 
青戸忠吉さん(松江市・69) 足立忠雄さん(松江市・70)
青戸さん
今はお菓子づくりが楽しくてたまらない、
という青戸さん
「なぜ、どら焼きって言うか分かりますか?それはね、出船時に鳴らされる銅鑼に似ているから…」とどら焼き談義に花を咲かせるのは、松江市シルバー人材センターの会員、青戸忠吉さん。青戸さんは、製菓材料の卸会社の営業職で培ってきたノウハウと人脈を生かし、平成十二年、センターの独自事業として菓子作り事業を立ち上げた。
 事業は桜餅からスタートして、今はどら焼き一本。青戸さんが材料を仕入れ、元菓子職人の足立忠雄さんと松本正樹さんが皮を焼き、女性会員が餡をつめて完成。地域イベントでの販売と、毎月第4金曜日には、センターで会員を中心に販売。もっちりとした皮と、口の中にフワリと広がる餡の上品な甘味。銘菓店に匹敵する美味しさと、一個七十円という価格がうけて、評判も上々だ。
 元菓子職人の足立さんは、和菓子、洋菓子と菓子全般を手掛けるプロ中のプロ。青戸さんに誘われてセンターに入会し、「どら焼き」や「そば打ち」など食に関する独自事業を共に盛り上げる。
 昨年度はイベント参加が15回を超え、銘菓店に劣らない品をいかに無駄なく売り切るか全力を傾けてきた。といっても、数字に追われがちだった前職に比べ、のびのびと自分の技量を発揮できるから、面白くて仕方がないと二人は口をそろえる。
 元々、お得意様と営業マンという関係だった二人。今は、その枠を越え、菓子の世界を知り尽くした者同士の厚い信頼関係が築かれている。「私達はどら焼きを通じたパートナー」と照れ臭そうに語る青戸さんの傍らで、足立さんの目が優しく微笑む。「次の目標はもっと手軽で、美味しい菓子をセンターから生み出すこと」と抱負を語る二人を、甘く香ばしいどら焼きの香りが包み込んでいた。
足立さん
手早く皮を焼き上げていく足立さん。
まさに職人の技である
箱入り5個セット
おいしいと評判のどら焼き。箱入りは5個セット

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